考え方

私の自慢の祖父。頑固な人。でも大好き。

今回は、大好きな人のことを記事として残します。

私の祖父の話。

 

人が亡くなった話なので、少し暗めになってしまうかもしれません。

私の自慢の祖父、パッパ

81歳。私の祖父であり母方の父。

呼び名は『パッパ』。

 

元ヘビースモーカーでタバコの煙を

『パッパ』

としていたことから、ずっとそう呼んでいます。

途中でタバコやめましたが、呼び名は変わりません。

我が道を行く頑固オヤジ

横暴で我が道を行く人です。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり言います。

人に媚を売るタイプではありませんでした。

 

言葉がきついがゆえに、誰からも好かれる人ではなかったです。

でも、私はそんな祖父がとても魅力的で面白く見え、人間味があると感じていました。

見た目はコワモテ

似顔絵を描いてみました。

見た目は、怖い人

物怖じなんてしないし、人に動じなかったです。

何より弱さを見せなかった人。

弱音をはいてる姿は、1回も見たことがない気がします。

私が弱さを見せた時には、喝を入れらました。

名古屋弁の名言たちがたくさん

名古屋弁で口調も鋭かったです。その口調には優しさもありましたが。

河村市長の話し方を想像していただければ、まさにそれです。

 

そして、たくさんの名言を生み出していました。

おじいちゃんの言葉にはたくさん影響を受けたなって思います。

 

近所の神社に行く山道での思い出

夏の暑い日のこと。まだ私は小学生くらいでした。

祖父は、セミを見つけると、私にこう言いました。

「こんなもん、素手で捕まえれなにゃいかん」

無理やり捕まえさせられ、半ベソ。

素手で捕まえられるかよ!って思いました。

 

海での思い出

たくさん海に行きました。

「へーちゃらだで」

といってなんでもやってのけました。

 

海で泳げる範囲の先端まで一緒に泳ぎました。

行けるところ、遠くの遠くまで。

元気すぎるおじいちゃんです。

私はそのおかげで、今でも海が好き

海で泳ぐのも、見るのも、魚を釣るのも大好き

 

ファイトという言葉

そんな祖父は、

「頑張って」

と言われると決まって言う言葉がありました。

 

「何を頑張るんだ、頑張らんくてもいい」

頑張りすぎはよくないですね。

やらなきゃならない時はやるけど、時々息抜きしないとですね。

 

祖父の影響で、私は「頑張って」ではなく「ファイト」という言葉を使います。

同じような意味だけど、染みつきました。

 

お気に入りのお店

とんかつ屋さん『気晴亭』のことを

「きんばらてい」

と言っていました。

オリジナリティ。店の名前変わっちゃってますよね。

 

元社長だった話

私が生まれる前の話

祖父は会社を作って社長をやっていたという話を母から聞きました。

 

途中で取引相手に裏切られてしまったようで、その会社は失敗。

倒産した時は、苦労の日々だったと母から聞きました。

きっと過酷な日々だったはずです。

 

ですが、愛する妻がいて愛する家族がいて乗り越えたんでしょう。

人付き合いは不器用だけど、必死に頑張ってたと思います。

 

その後は庭師に

倒産後は庭師になりました。

職人に弟子入りして学んだそうです。

教えてもらってる姿なんて想像できないので、想像するとなんだか笑えます。

 

弟子入りして学んだあと、独立したそうです。

独立後は私も生まれおり、その姿はみていました。

その仕事ぶりは本当に自由奔放でした。

 

お気に入りのところにしか仕事に行かないという、祖父のポリシー。

そのポリシーゆえ、お客さんメモを書いていました。

  • 佐藤さん◎
  • 田中さん〇
  • 鈴木さん△
  • 山田さん×

ここは二重丸、ここはバツ。といった感じです。

 

好き嫌いはっきりしてるなぁって思いました。

 

こだわりの強さ

庭師の道具はハサミ。

ハサミの入れ物を自分で作っていました

祖母のコーチのカバンをリメイクして、コーチのハサミ入れに。

感動。すごい上手でした。

 

そのほかにも自分用にアレンジしてる姿はたくさん見てきました。

この職人技は私が「ハンドメイドをやってみたい」と思ったきっかけになっています。

 

別れは必ずやってくるもの

そんな祖父もいつまでも元気というわけではありませんでした。

12月半ば、体の調子がわるくなり自宅で治療。

 

病名はがん。血液のがん。

 

そして12月末、緊急入院。

年末と年始に、たくさんお見舞いに行きました。

弱った姿のおじいちゃんを見るのは正直くるものがありました。

ですが、以前に肺がんを患った時も元気になったので、

「今回もなんだかんだ大丈夫だろう、この人はそう簡単に死なない」

と思っていました。

 

しかし、人間との別れは急に来るものです。

2019年1月18日。早朝。

祖父との永遠の別れの日になりました。

頑固おやじが一生を終えたのです。

 

朝早くに母が来て起こされました。

母から祖父が亡くなったことを聞き、ギュッと手を握りしめました。

 

昨日お通夜。今日お葬式。

泣き虫な私はたくさん泣きました。

大好きなパッパ。頑固でかっこいいパッパ。

死んじゃった。

もう会えないのはつらいなーって。

思い出もたくさん浮かんできました。

パッパを心配させたくないから、ちょっとは涙こらました。

ですが、涙は止まりませんでした。溢れました。

母も泣き虫なのですが、涙をこらえてる姿を見て、余計に泣けてきました。

泣けるだけ泣きました。

人から学ぶことを大切にしよう

人との別れは突然やってきます。

いつまでもくよくよしてられません。

たくさんの思い出、言葉をもらいました。それらは私の成長の糧になっていくと思います。

おじいちゃんからもらった言葉。忘れない。

素敵な出会いでした。

 

パッパ、

「天国でもファイト!

「達者でな!」ではなく「高飛車でな!

 

家族や出会った人たちに感謝を忘れずに生きていこうと再確認しました。

人は人で成長できると思います。

私は、祖父の血を受け継いだ自慢の孫。

まだまだ、どんどん成長していきます

 

ではこのへんで。

ABOUT ME
ファン太
ファン太
魚釣りが好き。 音楽が好き。 レザークラフトが好き。 大好きな趣味がある生活で日々を豊かに!